鈴木良太
2020年8月25日9 分
気がつくと、朝になっていた。
起きたときに、ひどい疲労感にあった。
昨日、何があったっけ。
ごめん。
自分に嘘をついた。
全部わかっている。
認めたくないだけ。
スマホを確認した。
井戸沢さんからメッセージも着信もない。
昨日井戸沢さんから頂いたショック中で、年下の彼に負けたということがどうやら一番こたえているようだ。
今までだって、井戸沢さんにはたくさんの彼がいたのに、なんでだろう。
僕より後に出会ったからなのかな。
僕の頭の中では、その奈良県の21歳の大学生の彼の悪口ばかりを言っている。
クソガキが。
どうせ金目的だろ?
社会に出たとこもないカスのくせに。
奈良県って俺の出身地だし。
もし近所で出会ったら、ぶん殴ってやる。
年下の子を相手に何て大人げないのだろう。
井戸沢さんを奪われたただの嫉妬。
その子は僕の存在も知らないのかもしれない。
あっ。
違うな。
今日、井戸沢さんと奈良のガキが沖縄に行っているのも、僕のやきもちとか言っていたな。
ってことは、
「えっ。沖縄に行っていた人って、26歳の会社員なんですか?おじさんじゃないですか~。」
「まあね。君の方が若くてかわいいよ。肌もアソコの元気も全然違うね。」
「そうですよ~。そんなおじさんなんか忘れてください。そうじゃなきゃ、遊んであげないですよ~。」
みたいなやり取りをしてやがるのか!!
クソが~!!ぶっ殺す!!
いかんいかん。
冷静になれ。
ほとぼりが冷めれば、また井戸沢さんから連絡くれるよ。
だって、沖縄であんなにあんなに愛しあったのに、嘘だっていうの?
僕にはあれが演技なんて信じられないよ。
それに僕と井戸沢さんには共通の趣味もある。
お前みたいなクソガキには理解できんだろ。ボケ。
井戸沢さんと僕が沖縄に行く一ヶ月半くらい前、僕は少し悩んでいた。
ー沖縄に行く一ヶ月半前ー
仕事の途中、井戸沢さんから電話が入った。
「鈴木君。今週末、大阪に行くんだけど、歌舞伎一緒に観ない?」
「えっ。いきなり。なんで歌舞伎なの?」
「東京の彼が急に大阪に来れなくなったんだよ。だから彼の代わりに君を誘ったの。一緒に行ってくれる?」
「うん。わかった。」
週末、大阪で井戸沢さんと歌舞伎を観に行った。
「歌舞伎って初めてだから、緊張する。井戸沢さん歌舞伎好きなの?」
「うん。好きな歌舞伎役者がいてね。今日はその人を観に来たんだよ。初めてだったら、いいことだよ。一流の人間になりたかったから、こういうものを観といた方がいいよ。」
歌舞伎が始まった。
僕はドキドキしていた。
井戸沢さんは楽しそうな顔をしている。
きっと面白いんだろうな。
時代背景は昔の日本。
僕は歴史物に全く興味がなかった。
まるで古典の授業かと思うようになってきてしまった。
寝てしまった。
ぐー。
中休憩があって、井戸沢さんに起こされた。
「もうっ。あんなに面白かったのに、寝てたの?君って子は。ここの席も高かったのに。」
と、散々愚痴を言われた。
歌舞伎が終わった後、夜ご飯を二人で食べに行った。
その席でも軽い説教は続いた。
「ちゃんと、歴史も勉強しなさい。今の日本があるのは歴史があるからなんだよ。過去を知ることは現在に繋がるんだ。今の世界各地で起こっている問題点だって、歴史的背景でみれば解決できることだってあるんだよ。だから、もっと芸術に関心を持ちなさい。」
「え~。勉強嫌い。」
「困った子だね。じゃあ、歴史を知ることに繋がるから、来週、落語観に行くけど、行く?」
「漫才みたいな感じかな?わかった行く。」
そして、次の週末には井戸沢さんと大阪で落語を観に行くことになった。
芸人のお笑いみたいな感じだろうなと僕は思っていた。
落語が始まった。
周りの観客の人が笑っている。
井戸沢さんも笑っている。
でも、僕はよくわからない。
笑いのツボがわからない。
なんか頭使う系の笑い?
どうしよう。
面白いような気がするけど、お腹を抱えて笑うような気にもなれない。
ただただ勉強。
そんな感じで僕は落語を観ていた。
落語が終わった。
「あ~。面白かったね。鈴木君。こんなに笑ったのは久しぶりだよ。って鈴木君、どうしたの?険しい顔をして。」
「なかなか奥が深かった。落語の世界は。」
「いやわかっているよ。鈴木君。よくわからなかったのでしょ。落語も鈴木君には少し早いかもね。もう少し歳を取った方が面白いと感じるかもね。」
「でも、僕、井戸沢さんと一緒に楽しめる趣味がなくてつまんない。」
「僕は趣味がたくさんあるからね。鈴木君も若いだし、これからきっと見つかるよ。」
僕は井戸沢さんがすごいと思ってしまった。
僕は小さい会社のただの社員。
井戸沢さんは小さい会社の社長。
この差は大きいのかな。
僕は井戸沢さんと対等の関係を望んでいるけど、それは無理なのかな。
「来週も大阪に用事で来るんだけど、鈴木君。空いてる?」
「うん。大丈夫だけど、今度は何?宝塚?」
「歌舞伎と落語だったから今度は宝塚って?面白いね。鈴木君。宝塚は妻が好きだから、たまに行くね。今度は僕が入っている証券会社のセミナーがあるんだけど、来る?今度は経済の勉強ってことになるかな。」
「証券会社ってなんだっけ?証券売るところ?」
「ホント、鈴木君のモノの知らなささは異常だね。株とか金融商品を扱っているよ。セミナーでいろんな金融のプロが講演しているから、話だけでも聞こうよ。なんか鈴木君はそういうことの方が好きなような気がするんだよ。」
そして、次の週末も大阪で行われる証券会社のセミナーに井戸沢さんと参加した。
会場に着くと、井戸沢さんの専属の証券会社の人が井戸沢さんのさんの元にやって来た。
証券会社の人から井戸沢さんにオススメの株があるらしく、井戸沢さんはその人に個室に連れて行かれた。
その間、僕は一人でセミナーに参加することにした。
何から手をつけたらイイのかわからない。
気になった講義のテーマは、「これからの世界。中国とインドとアメリカ。」だった。
僕は過去にはあまり興味はないんだけど、未来には関心がある。
だから、これからの世界とか聞くと、好奇心がうずく。
どこかテレビで見たことがあるような経済評論家が講義していた。
「日本は少子高齢化で生産年齢がどんどん減少していっている。このままでは日本経済は衰退してしまう。逆に生産年齢がどんどん増えているのが、インドやインドネシア。人口増加により、働ける若い世代がたくさんいる。人口が増えると、それと比例して経済は活性化する。日本の高度経済がまさにそれだった。日本は当時、生産年齢が諸外国と比べ、圧倒的に高かったのだ。」
そうなんだ。
だから、高度経済が起き、バブル経済につながったのか。
じゃあインドやインドネシアでも同じようなことが起きる?
なんか面白い。
考えたこともなかった。
インドについて調べてみようかな。
この講義が終わってしばらくすると、井戸沢さんは証券会社の人と個室から出てきた。
「ごめんね。鈴木君。遅くなって。」
「うん。僕も面白い話聞いていたからいいよ。インドヤバイ。」
「何それ。たしかにインドはITがすごいよね。ちょっとお茶でもしようか。」
井戸沢さんと僕は、この証券会社が主宰するセミナー会場にあるカフェでお茶した。
「井戸沢さんは証券会社の人と何を話していたの?」
「僕は京都の地元企業を応援したいから、地元の優良企業の株を買ってたんだけど、新しく担当になった証券会社の人はアメリカの株をすごい勧めてきてどうしようかと悩んでる感じかな。鈴木君はどうだったの?」
「なんかインドがヤバイってことがわかったから、インドに関係する株を買おうと思った。ここの証券会社ネットで口座開設できるみたいだから、帰ったら早速やってみるよ。」
「良かった。鈴木君。こういうこと好きなんじゃないかと思って。」
「?なんで?」
「鈴木君。あんまり買い物とかにも興味ないから、貯金とかたくさんしてるでしょ?だから資産運用とか知っといた方がいいかと思ってたんだ。」
「僕んとこの会社給料安いから、一応貯金は少しはしとこうと思ってるだけ。いいとこの会社行ってる子の方があんまり貯金してないかも。」
「どれくらいあるの?」
「えっ。貯金?400万円くらいだったと思うけど。」
「あっ。そんなにもってるの?あんまり人に言わない方がいいよ。」
「そっちから聞いたくせに。」
この後、井戸沢さんと大阪の街をブラブラして、夜ご飯を食べた。
そして、ホテルで愛し合った。
ホテルを出た後は、駅で井戸沢さんと別れた。
この後、井戸沢さんがゲイバーに行き、奈良のガキに会っていたとは知る由もなかった。
僕は家に帰ってから、証券会社の口座を開設した。
インドに輸出している日本企業を調べた。
僕はお菓子の会社に目星をつけた。
若い世代が育っていってるのなら、お菓子が売れるだろうと思ったからだ。
一週間ほど経って、口座開設が無事に済み、取引ができるようになった。
僕が予め投資しようと思っていたお菓子の会社に貯金300万円をつぎ込んだ。
今、考えるとなんでこんな冒険ができたのだろうと思ってしまう。
たぶん、井戸沢さんのせいなんだろうな。
井戸沢さんとは沖縄で終わる。
それまでに新たな趣味を作りたいと、無意識で思っていたのであろう。
僕があまり考えもしないでした投資が、みるみる上昇し始めた。
日に日に10%20%と上昇していく。
パチンコでいうビギナーズラックというやつなのだろうか?
僕は嬉しくなって、井戸沢さんに報告した。
「井戸沢さん!!僕が買ったとこどんどん上がっていってるんだけど。」
「お菓子の会社買ったって言ってたよね。『カルビン』だったね。ホントだ。決算があって、その財務状況や経営状況が良かったみたいだね。」
「そうなんだ。井戸沢さんが買ったとこはどうだったの?」
「証券会社に勧められたアメリカの5Gの会社も好調だよ。鈴木君のとこほど爆発力はないけど、じわじわ上がってきているね。」
「良かったね。」
というわけだ。
僕と井戸沢さんには共通の趣味があるんだ。
おまえのように社会に出てないガキは井戸沢さんとは釣り合わない。
話せる会話なんかないだろ。
ボケ。
ああ、そうだ。
井戸沢さんに報告しなきゃ。
「カルビン」がまた上昇したんだ。
井戸沢さんあなたのおかげです。
「井戸沢さん。カルビンがまた上がったよ。僕が買ったときより1.8倍になったよ。売ったら600万円近くなるから、次に旅行は僕が出すよ。海外旅行でもいいよ。(笑)」
井戸沢さんと僕は、対等な関係。
おまえみたいな金目当てじゃないんだ。
ガキ!!
あれ?
井戸沢さん。
既読すらしていない。
なぜ?
そんなに相手してくれなきゃ。
泣いちゃうよ。
井戸沢さん。
つづく。