「おはよう。鈴木君。元気にしてますか?心配です。」
誰がおまえなんかに返事をするものか。
ピピピピ。
誰が電話なんか出るか。
俺の前から消えろ。
こんなクソジジイは忘れて、たまには仕事を頑張るか。
「おはようございます。」
「おう。鈴木。今日はいつもより覇気があるな。いいことあったのか?」
「いえ。全然です。今日は外回りで仕事取ってきますよ。」
「期待してるぞ。鈴木。」
僕は朝から張り切って営業に回った。
こんなに仕事が楽しいなんて、なんでだろう?
余計なことを考えなくていいから。
めんどくさい人間たちのことを考えなくていいから。
あっ。
もしかして僕は本当は仕事人間だったのかも。
よーし、頑張るぞ。
「良太と今日こそちゃんと話さなきゃ。私の電話もメッセージも返さないでおかしいわ。良太の帰りを待つわ。」
夜、良太の恋人の愛加は、良太の会社の前で待っていた。
「んー。今日はいろいろ回って疲れた~。早く事務作業して帰ろ。」
「おい。鈴木!!」
「何?宮本。何かあった?」
「誰かおまえを待っているらしいぞ。来客室にいるって。」
「もしかして、愛加!?そういえば、全然返事してなかった。でも会社に来るなんてやり過ぎだよな~。」
「いやいや彼女じゃないよ。おじさんだったぞ。何か貫禄ある人だった。」
「は?」
「鈴木君。何で電話に出てくれないの?僕は心配したよ。」
このジジイ。
わざわざ会社に来るか?
普通。
「すみません。スマホの調子が悪くて、僕も井戸沢さんのことを心配していました。」
「嘘だよね。メッセージは既読になってたし。理由はわかってるよ。」
「それより何で僕の会社がわかったんですか?」
「君と名刺交換したよね?ちゃんと会社はチェックしてるよ。話をそらそうとしてもダメだよ。たぶんやきもちだよね?」
「何を言ってるんですか?やきもちって何のですか?」
「僕が東京の友達と週末遊んでいたことを知ったんだよね?たぶん飲み屋に来ていたあの例のおじさん辺りから連絡があったんでしょ?僕の方、チラチラみていたから。それを君に教えたんでしょ。普通、いい歳したおじさんがそんなことするかな。常識ないよね。」
なんなんだ。
このジジイ。
俺の思惑がお見通しだと言いたいのか。
「でも僕は嬉しかったよ。やきもち焼いてくれて。鈴木君。何を考えているのかよくわからなかったから今回の件で僕に対する気持ちがよくわかったよ。」
「会社の人たちに何て言って、僕を待っていたんですか?」
「鈴木良太君にお世話になったからお礼させて欲しいと言ったんだよ。」
「同僚や上司に何があったんだって聞かれたら何て言えばいいですか?」
「もう。機転がきかないね。僕の財布でも拾ったことにすればいいじゃん。」
「わかりました。もう会社にこないでくださいね。」
「鈴木君が悪いことしなかったらね。」
「わかりました。」
「もう、鈴木君、帰るんだろ?」
「はい。パソコンに打ち込んだら帰ります。」
愛加は良太が会社から出てくるのを見計っている。
「もう。19時ね。そろそろ良太出てくると思うんだけど。」
良太が会社から出てきた。
「りょっ。えっ。何?誰?あのおじさん?」
愛加は良太と井戸沢さんが、二人で会社から出てくるのを目撃した。
「誰?あのおじさん。良太のところのお父さんって感じじゃなさそうね。良太のところのお父さんは鬼のような人って聞いていたから、そんな感じじゃない。気になるのは、良太の表情。いつも良太はニコニコしているけど、私の前ではみせない表情をしている。ニヤけ?あんな口角が上っている良太を見たことがないわ。どういう関係なの?」
「井戸沢さんはわざわざ僕の会社に来るためだけに大阪来たんですか?」
「んー。それもあるけど、仕事だよ。大阪はうちの会社の取引先多いから。昼は仕事してたよ。夜はフリーにしたけど。」
「なんでですか?」
「鈴木君が僕とホテルに行きたいんだとわかっているから。」
なんでこんなにも腹の立つことをスラスラ言えるのだろう。
怒りとは裏腹に僕の体がそれを欲している。
頭では認めたくない。
こんな僕を舐めきったおじさんに。
でも体は違う。
とても喜んでいる。
元気になっている。
こんな道端でも。
たまらなく元気になっている。
脳で思っていることと、反応している体。
なんなんだろう。
僕もよくわからないよ。
絶対逃れられないよ。
僕はどうしたらいいんだ。
僕は井戸沢さんに連れられるまま、ファッションホテルに入って行った。
「ちょっと待ってよ。ここラブホテルよね?一体どういうこと?なんで良太とあのおじさんがラブホテルに入るの?おじさんと良太、何するつもりなの?そんなこと?ありえないって。あんな歳の離れたおじさんとそんなことする?私だってあんなおじさん絶対無理なのよ。それなのに。どういうことなのよ!!」
良太は今日も井戸沢さんの性のおもちゃになった。
「鈴木君。今日も良かったよ。鈴木君は普段は大人しいのに、こういうときは激しくて情熱的にいいね。こんなに楽しいのは滅多にないよ。」
「僕は井戸沢さんの何番目のセックスフレンドなんですか?」
「僕はそういう表現好きじゃないな。意味がよくわかんないもん。友達だよ。」
「じゃあ僕は何番目の愛人ですか?」
何聞いてるんだよ。
「え~。鈴木君は30番目くらいかな?」
「あはは。」
僕は笑っていたが、胸の中でメラメラと燃える何かを感じた。
悔しい。
悔しいが認める。
僕は井戸沢さんを愛してしまったようだ。
こんなどうしようもないクソオヤジを。
そしてこのオヤジはそれに気付いている。
心も体も自分に惚れている鈴木という青年。
楽しんでやがる。
僕もこのオヤジを無視して楽しむつもりだったのが、逆に手のひらで遊ばれていた。
僕のプライドはズタズタ。
泣きたいほど悔しい。
でも体は拒めない。
「鈴木君。今週の週末空いてるかい?」
「空いてますけど。どうしたんですか?」
「僕んち来るかい?鈴木君の職場も知ったし、頃合いかと思って。」
「えっ。いいんですか?でもご家族いらっしゃるんじゃないんですか?」
「あれ?言わなかったっけ?妻や子どもは大阪に住んでるって。二年前にこっちでマンション買ったから、家族はそっちに住んでるよ。」
「なんで井戸沢さんは一緒に住まないんですか?」
「うちの工場と会社が京都にあるからね。あと母親が山科に住んでいるから、近くの方がいいと思って。」
「じゃあ家には井戸沢さんしかいないんですね。若い子を連れ込み放題ですね。」
「そうだね。将来的には若い男の子たちに囲まれて暮らしたいな。」
そう言って、井戸沢さんは上機嫌だった。
週末、京都北区の北山に住んでいる井戸沢さんの家に行くことになった。
地下鉄北山駅で井戸沢さんと待ち合わせをした。
駅から井戸沢さんの家までは15分と少し距離があった。
好きな人の家に向かうのはこんなにも心が躍ることなのか。
経験したことがない気持ち。
井戸沢さんの家でそういうことができるなんて、またいつもと違う雰囲気での快楽になると思い、僕は終始元気になりっぱなしだった。
「けっこう歩かせてしまってごめんね。ここが僕の家だよ。」
社長と聞いていたから、大きな家なんだと思っていたけどほんとに大きかった。
僕の奈良県の実家の家も家に小さな道場とかもあって、よその家よりはそこそこでかい。
でも、井戸沢さんの家の方がずっとデカイ。
「こんなに大きいのにお手伝いさんとかいないんですか?」
「僕はそんなお金持ちの社長じゃないからね。運転手やお手伝いさんは雇わないんだよ。家や庭は定期的に人に依頼してるよ。さすがに僕一人じゃ掃除できないからね。」
庭は和風な造りで、小さな池があり、鯉も泳いでいた。
「わー。かわいい。」
「まあ、テキトーに上ってよ。」
僕は少し緊張して家に上がった。
広い玄関、奥行きがある廊下、高い天井、みるもの全てが楽しかった。
井戸沢さんに連れられて、リビングにやってきた。
「ここのソファーにでも座っといて。お茶とお菓子入れるね。」
すごい広いリビング。
気になったのはテレビ。
一体何型なんだっていうくらいデカイ。
僕の家のが40型だけど、その倍以上あるように見える。
広いリビングだけど、スーツ掛けがあったり、物がたくさん散乱してたりして、生活感丸出しだった。
大きい家なのに一人暮らしの男って感じだ。
でも落ち着く。
時間が止まっているみたいだ。
「鈴木君。ごめん。ちょっとお茶切らしてた。せっかく取引先から『虎松』もらってたのにコーヒーでいい?」
「僕、なんでもいいですよ。虎松って何ですか?」
「えっ。虎松知らないのかい?あの有名な老舗羊羹のお店だよ。高級な羊羹だから味わって食べなよ。」
「はーい。いただきまーす。」
「美味しいかい?」
「はい。何個でもいけます。パクパク。」
「もっと味わってよね。でもかわいい。やばい我慢できなくなってきた。」
まだ昼にも関わらず、このリビングで井戸沢さんと愛し合ってしまった。
コトが終わり、僕と井戸沢さんは裸でまったりしていた。
「ちょっと思ったんですけど、井戸沢さんは物好きですね。」
「なんで?」
「僕みたいなイケメンじゃない男とこんなに遊んでくれるなんてって思ったので。」
「んー。鈴木君、イケメンじゃないの?女の子モテる感じだと思うけど。」
「全然モテないですよ。今いちおう彼女いますけど、兄の紹介だったし。」
「へぇー。いいお兄さんじゃないかい。鈴木君はお兄さんと二人兄弟なのかい?」
「いえ、三人兄弟です。三つ上の次郎兄ちゃんと六つ上の太郎兄ちゃんがいます。」
「三人も男なのかい。お父さん頑張ったんだね。」
「井戸沢さんもお子さんいらっしゃいますよね。何人いるんですか?」
「僕も三人だよ。長男、長女、次男だね。上から29歳、27歳、21歳かな?長女が鈴木君と歳が近いかもね。ほんと頑張ったよ。」
「あっ。向こうに写真立てがありました。お子さんと奥さんが写ってますね。あれ?井戸沢さんは写ってないですよ?」
「僕はいつも写真を撮る係だよ。それに僕は自分の顔をあまり見たくないしね。さっきの鈴木君じゃないけど、イケメンじゃないし。」
「なんか井戸沢さん、普通のおじさんだけど、普通じゃないです。目が大きくて吸い込まれそうです。」
「たしかに昔、デメキンって言われたことがあるね。鈴木君は自信もってね。見た目気にするほど悪くないよ。僕は若い子が誰でもいいってわけじゃないよ。ちゃんと見た目と内面、常識ある子かない子で決めているよ。」
すごく上手だ。
人の扱い方が。
やっぱり社長で多くの人間を抱えているだけある。
こんな褒め方、僕は今まで生まれてきてされたことがない。
僕は不器用でイケメンじゃなくて、何も取り柄がない男だと思っていたのに。
僕とは真逆の兄の次郎が、本当にうらやましいと思っていた。
頭も悪くないし、イケメンだし、公務員だし、僕にはない人からうらやましがられるものを持っていた。
だから僕にとって、小さい頃から次郎兄ちゃんが神だった。
次郎兄ちゃんの価値観そのものが全て正しいと思っていた。
次郎が好きな芸能人は僕も好きになる。
次郎が好きな音楽は僕も好き。
次郎の誕生日は僕が一番早くお祝いする。
次郎と一緒に買い物に行く時は、周りからの優越感を感じる。
僕は何も魅了がないから、次郎と一緒なら何も怖くないと思っていた。
「ねぇ。鈴木君。さっきの話なんだけど、君の兄弟の写真ないの?君のお兄さんの顔、すごく見てみたい。」
僕は嫌な予感がした。
でも、スマホにあった次郎の写真をみせた。
「太郎兄ちゃんの写真はないですけど、次郎兄ちゃんのはそれです。女の子にめちゃめちゃモテます。」
「いや~。ほんとに顔が整っているね。カッコイイ。今度、紹介してよ。一緒にご飯に行きたいな~。」
こうなることはわかっていたはず。
好きなもの。
愛していたものほど、激しい憎しみに変わりやすい。
僕にとって、次郎は神にも等しい存在だったはず。
井戸沢さんが性的な目で次郎を見ることに対して、嫉妬か怒りからか頭に血がのぼりすぎてめまいがした。
つづく。