「Daddy Killer」第八話「暴言」
- 鈴木良太

- 2020年6月25日
- 読了時間: 7分
最近、どう考えても良太の様子がおかしい。
いつもは一ヶ月に一回、特に金曜日の夜になると、良太から電話がかかってきた。
たいてい仕事の悩みだ。
取引先の人と気が合わない。
上司がムカつく。
同僚が意地悪。
そんなよくある人間関係の悩みだ。
良太が心の弱い人間だということは昔から俺はよく知っている。
お父さんに怒られたときはいつも俺が良太を守ってあげた。
こんな家出てやるって小さい時から言っていた。
就職したら出れるから頑張ろうって支えてきた。
受験勉強やる気がない良太にいつも付き合っていた。
読書感想文もほぼ俺が書いてあげていた。
悩みと愚痴しか俺に言わない良太。
俺だけが良太の全てを知る男だと思っていた。
良太の恋人の愛加よりも。
良太に愛加を紹介する前、良太は仕事を辞めたがっていた。
取引先にあまり好かれておらず、なかなか仕事が思うように進まないでいた。
そんな中、上司に怒られてばかりで拍車をかけていた。
ただでさえ、自信がない良太の心が折れかけていた。
でも俺から言わせれば、それは小さい頃からの良太そのものだった。
太郎兄が長男だったから、柔道場があるうちの家で一番初めに柔道を始めた。
俺もお父さんが警察だし、柔道ばっかりやっている人だったから小学校に入る前には柔道着を着けていた。
良太は太郎兄や俺が柔道していたので、当然のように小学校前にはうちの家の道場で練習をしていた。
俺は柔道より球技の方が得意だったから、中学から野球部に入った。
その頃、良太は小四であいつは柔道辞めるって言い始めた。
すると、お父さんがすごく怒った。
父は良太に才能があると見ていたからだ。
実際は長男の太郎兄の方が才能はずば抜けていたのだが、父は太郎兄をなぜか目の敵にして、練習のような虐待を繰り返しているように俺はみえた。
父は普通のお父さんやり断然恐い。
だが、兄に対してはさらに恐かった。
体罰なんて当たり前。
柔道の稽古も血反吐を吐くような日々。
良太にはそれほどキツくはしないものの、兄には厳しかった。
父は兄に暴言を吐き続けた。
「お前は才能がない。クズめ。」
兄はキレた。
兄も中学を上がると同時に柔道を辞め、剣道部に転身した。
良太は父から才能があると言われていたにも関わらず、試合では一向に成果が出なかった。
ずっと良太は柔道を辞めるっと言い続けていた。
俺は良太に続けろと説得した。
父のためじゃない。
良太が球技が苦手なのをわかっていたからだ。
キャッチボールのセンスがなさ過ぎる。
俺と太郎兄と良太でキャッチボールをしていても、良太は球をキャッチできなさ過ぎて盛り上がらない。
俺は良太の柔道の才能があるのかどうかはわからなかった。
まあ続けていけば、初段、二段くらいなら取れるのはわかっていた。
高校まで柔道を続けれたから、なんとか二段は取れた。
人生には辛いことがあるか、良太は乗り越えていける人間だと知っている。
仕事で苦戦している良太に俺は良いアイデアがあった。
彼女を作らせること。
愛加も俺には不満だけど、良太とならうまくやれると思った。
案の定、大成功だった。
でも、いつか愛加ともケンカをするときがくる。
会社でもまた別の問題が起きてくる。
また、俺に相談してくるときだろ。
良太?
でもないんだ。
おかしいだろ。
あの良太から。
俺は日曜日、良太のアパートの近くを通るついでに良太の顔を見に、良太の部屋まで行った。
「おーい。良太!!」
玄関のベルを何度か鳴らした。
ドン!!
玄関の扉を思いっきり蹴って開けた。
「はぁ?良太!!なんだよ!!」
「お前絶対許さん!!いつも俺の人生や生き方を勝手に決めやがって、何様のつもりや!!」
「ちょっと良太、落ち着けって!!なんのことか全くわからへんって!!」
「愛加の件も就職先も大学も全部お前が決めたことやろ?なんでお前が俺の人生を勝手に決める権利があるねん。俺は自分のことは自分で決めるんや!!」
「何怒っているねん。もしかして愛加を紹介したことを今更怒ってるんか?それやったら謝る。」
「わかってないな。全部!!お前の存在全部が不快。今すぐ消えて欲しい。」
「ちょっと待てって良太。ほんとなんでいきなりそうなった?ちゃんと最初から話そうや。」
「いつも俺のことを見下してきたやろ。今にみてろよ。絶対、後悔させてやるから!!」
そう言って、良太は玄関のドアを強く閉めた。
訳がわからない。
俺が見てない間に良太に何があった?
この類はあれか?
宗教的なものか?
どっかの新興宗教に誘われたか?
良太のことだからありうる。
ちょっと思い込みが激しいところがあるから。
時間が経てば、また俺のところに連絡くれるよな。
ゴミがきた。
あと数分同じ空気を吸っていたら、手を出していたかもしれない。
あいつはイケメンで器用だがそれだけだ。
肉体的な力だったら、俺や太郎兄に遠く及ばない。
柔道も小学校で辞めているあいつは絞め技も関節技もできない。
昔から調子に乗っているあいつをボコボコにしてやれば、楽しかっただろうな。
井戸沢が好みだという顔をぐちゃぐちゃにすれば、井戸沢も一緒に食事に行きたいなどと言えなくなる。
井戸沢もゴミも同罪だ。
このゴミを嫌いになることである感情が生まれた。
俺よりイケメンはみんな嫌いだということ。
井戸沢はイケメン好きだろうから、そんなイケメンは全員敵だ。
あのゴミと一緒。
仲良くしてはいけない。
俺はイケメンにはなれないから、イケメンを憎んでいく。
ああ、どんどん俺が歪んでいく。
でも、なんと心地が良いんだろう。
今まで自分で生き方や決め事をしてこなかったからかもしれない。
奴隷から解放されるとはこのことを言うのではないのか。
俺は自由だ。
ゴミに縛られていた俺は奴隷だったのだ。
清々しい。
人生は明るい。
ゴミはクズ。
そう考えると、正志とももういいかなって思えてきた。
ただ楽しいだけの関係に意味があるのだろうか。
友達って必要なのかな?
そういや再来週、大学のときの友達の結婚式誘われていたな。
祝儀代もったいないし、もういいかな。
あれ?
過去ってこんなにめんどくさいものだったのか。
高校の時も大学の時も俺にはそこそこ友達がいた。
みんなに優しかった。
怒ることなんかなかった。
大学の同級生に、「お前が怒ってるところみたことがない。」って言われていた。
友達と仲良くすることは当たり前のことだと思っていた。
それに僕は人の顔色を伺うのが得意だった。
たぶん、お父さんの影響だろう。
お父さんが昔から太郎兄だけに猛烈に怒っていたので、僕はどうすれば怒られないか、必死に考えてきた。
その力を人間関係にも注いできた。
だから、相手がどう思っているか気を遣い過ぎていた。
よく考えたら、気を遣い過ぎるのは本当の友達なんだろうか。
奴隷だったり、まやかしな人間関係だったり、僕の今までの人生って何だったんだろう。
くだらないよな。
そうは言っても、井戸沢さん。
やつとの関係も良いものではない。
こんなに僕、いや俺の感情をかき立たせるなんて尋常じゃない。
連絡を取らない。
関係を断つ。
それができれば、俺は本当の自由を手に入れるのではないか。
そうだな。
最大の難関は井戸沢だ。
やつを何とかすれば、俺は本当の自由を手に入れられる。
別れ話をしよう。
そもそも付き合ってもいないのに、別れ話も変だが、関係を断つ関係を持ちかけよう。
あのゴミに今まで言えなかったような暴言を吐けたんだ。
井戸沢にも同じことを言えばいいだけだろ?
そしたら、この子はヤバイ子だってわかってくれるじゃないか。
こんな危ない子とは関わってはいけないって向こうに思わせればいいじゃないか。
簡単なことだった。
さあ言おう。
エロクソジジイ。
二度と俺に連絡取ってくるな。
さようなら。
これを言ったときの井戸沢の顔を想像しただけでゾクゾクする。
こんなことを楽しむ面があったなんて自分でも驚く。
明日の月曜日から実行だな。
今日の夜はいつも通り装う。
何事もなかったようにし、月曜からリセットだ。
バイバイ。
井戸沢。
つづく。

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