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  • 執筆者の写真鈴木良太

「Daddy Killer」第十三話「喧嘩」。

はっ。


僕は気がついた。


真っ暗の中。


今、何時だ。


裸なので時間がわからない。


着替えて外に出よう。


おそらく9時は過ぎている。


南洋館の更衣室に行った。


着替えている最中、スマホの時計をみた。


10時20分。


もうこんな時間。


着信にはもちろん井戸沢さん。


メッセージももちろん井戸沢さん。


めちゃくちゃ件数が入っているかと思っていたけど、思ったより少ない。


「鈴木君。こんにちは。お昼電話出れないの、珍しいね。仕事頑張ってるんだね。また夜ね。」


「まだ仕事なのかな?明日の沖縄は楽しみだね。おやすみ。」


「おはよう。」


僕は急に焦った。


この焦りはなぜなのか。


もっとメッセージが入っていて、井戸沢さんの焦っている様子が見たかったのに。


僕は井戸沢さんに電話をかけた。


「井戸沢さん。遅くなってごめんなさい。」


「もう。こんな時間まで何してたの?もう10時過ぎてるよ。」


「ちょっと昨日の仕事が長引いて、そのまま飲みに行って、つぶれて寝ていた。」


「なにそれ。ちゃんと早く帰ってきてよ。今日どうするの?」


「もちろん。行くよ。準備してるよ。」


沖縄旅行に行く準備は一週間前からしていた。


カバンの中には全て荷物をまとめている。


家に帰って、シャワーを浴びて着替えて出発するだけだ。


時間はかからない。


僕は家に急いで帰って支度をした。


井戸沢さんとは12時に空港で待ち合わせて、空港でお昼ご飯を食べる予定だ。


11月の沖縄は大阪よりは少し暑いので、僕は夏用のカッコウを準備して向かった。


空港に着くと、いつも出張で使っているボロボロのキャリーケースを持った井戸沢さんが座って待っていた。


「今日の鈴木君。すごい顔してるね。」


「えっ。どういうこと。」


「若いのに、顔がボロボロだよ。」


おそらく、睡眠不足と昨日の夜に起こった出来事によって生じた疲れであろう。


「昨日遅かったらあはは。」


「ほんと心配かける子だね。君は。」


珍しく少し怒っている様子の井戸沢さん。


お昼は空港内の中華料理屋さん。


朝ご飯も食べていなかった僕は一心不乱に食した。


ガツガツ。


「鈴木君。いい食べっぷり。」


「朝ご飯食べてなかったので、お腹すきました。もぐもぐ。おかわり!!」


食べるとボロボロだった僕の肌はすぐにツヤツヤに。


「あっ。鈴木君の肌がツヤツヤになったね。良かったね。イケメンに戻ったね。」


「僕、イケメンじゃないし。」


それにしても忘れていたけど、僕は飛行機怖いんだ。


飛ぶ瞬間、怖くない?


僕は怖い。


僕は飛行機の窓際にしてもらい、井戸沢さんは隣。


僕がビビっているところをこのおじさんに悟られてはいけない。


「僕、あんまり飛行機乗ったことないからちょっと楽しみ。」


井戸沢さんにそういうと井戸沢さんはニヤリとこっちを向いて笑った。


どういう意味?


なんか腹立つな!!


でも離陸の瞬間、僕は恐怖した。


こわっ。


周りの人たちは平気なのか!!


僕だけ!!


落ちたら死ぬ!!


みんなそのことはわかっているのか!!


そのとき、井戸沢さんがそっと僕の手に手を置いてきた。


もしかして、このおじさんに全て見透かされている?


昨日のことも。


この前のことも。


全てお見通し?


もうどうでもいいや。


井戸沢さんの手が触れてしまった瞬間、僕は井戸沢さんに惚れていることを再認識してしまったのだから。


そうだ。


沖縄初めてなんだ。


どんなところかな。


いろいろあり過ぎて忘れていた。


純粋に沖縄を楽しもう。


沖縄の風景が見えてきた。


盛り上がってきた。


空港に基地がある。


わー。


なんかすごい。


沖縄に着いた。


「井戸沢さん。全然聞いてなかったけど、今回の旅行の計画って立てているの?」


「そう言えば、鈴木君、全然聞いてこなかったもんね。決まっているよ。初日の今日はホテルで荷物を置く。夜は僕が接待で使っているお店。二日目は美ららら水族館。三日目は自由。四日目は帰宅だよ。楽しみだね。」


そっか。行く気がなかったから聞かなかったんだ。


僕と井戸沢さんは宿泊先の那覇のホテルに向かった。


「グレードの高いホテルを選んだつもりだったけど、ホントに部屋広いよ。みてご覧。鈴木君。」

たしかに部屋は三つくらいあって、普通のビジネスホテルの部屋よりはずっと広いとは思った。


けど、あんたの家の方がずっと広いのに何をキャーキャー騒いでるのかこのおじさん、とさめた態度でいた。


「えー。鈴木君。嬉しくないの。」


「僕、あんまりホテルとか泊まったことないから何が凄いのかよくわかんないよ。お腹すいたから、ご飯食べに行こう。」


「18時か。んじゃ向かおうか。」


僕と井戸沢さんは、那覇にある井戸沢さんがよく接待に使っている沖縄料理屋さんに向かった。


「いらっしゃい。あっ。もしかして社長!!またいらしてくださったんですか!!」


「どうも。女将。ちょっとまた沖縄に遊びにきたよ。」


「あっ。息子さんですね。いらっしゃい!!」


「(ヒソヒソ)息子だって。」


「(ヒソヒソ)それっぽくしといて。でもおかしいな。以前、ホントの息子とも来たのに。」


二人は個室に案内された。


「あの女将さんの感じだとあんまり久しぶりって感じじゃないね。最近、沖縄行ったっけ?」


「えっ。先月、うちの会社の社員旅行で沖縄行ったって言わなかったっけ?」


「あの二泊三日の社員旅行って言ってたやつ?どこ行くかは聞いてなかった。」


「うん。沖縄に行ってたんだよ。」


「あやしい。やりまくったの?」


「何言ってるの?ちょっと沖縄の友達と遊んだだけだよ。それより乾杯しようよ。」


「何に?」


「えっ。僕と鈴木君の旅行を祝しての。」


「旅行が終わったらさよならするのに、変なの。」


「とりあえず、乾杯!!」


僕と井戸沢さんはビールを飲んだ。


余談だが、井戸沢さんは外の付き合いがたくさんあるにも関わらず、下戸なのだ。


大変不憫に思う。


「珍しいね。ビール飲むなんて。」


「一杯だけだよ。二杯目から甘いやつ飲むよ。」


「そんなんでよく社長なんかできるよね。」


「僕は注ぐ方にまわるから。」


「井戸沢さんがお酒強かったら、今以上に若い子と遊べたのにね。」


「何で?」


「好みの若い子に酒飲ませまくって、好き放題できるじゃん。」


「もう。今日の鈴木君。やけに絡むよね。お酒一杯しか飲んでないのに。」


どうやら昨日の寝不足からなのか、酔いがいつも以上に回っている。


「でも僕は本当にあなたはすごいと思う。」


「今度は何~?いきなり~。またひどいこと言うんでしょ?」


「いや。褒め言葉。僕が66で会ったカズさんって人とこの前ホテルでしたとき、全然楽しくなかったから、井戸沢さんは上手だなって感心したんだ。」


「それっていつ?もしかして、昨日?連絡取れなかったからおかしいなって思ってたんだよ。何でそんなことするの?」


「あっ。昨日はいろんな人と交わり過ぎてよくわかんなくなっちゃったの。あはははは。」


「僕が心配しているときにそんなことしていたなんて、とんでもない子だね。」


「あなたみたいにエロクソジジイに言われたくない。この前、沖縄来てただあ?どうせ若い男目当てだろ?」


「そうだよ。沖縄でとても仲の良い子がいて、三ヶ月に一度は会ってるよ。」


「ムカつくな!!じゃあ何でこの旅行決める前にそのこと言わなかってん!!」


「君が怒るがわかってたから。ほら。また怒った。」


「こんなんやったら行きたくなかったわ!!」


僕はお店を飛び出して行った。


何でこんなにムカつくのだろう。


腹が煮えくりかえっている。


この暑さ。


この怒り。


全部、想定できるものなのに。


何で同じことを繰り返しているんだ。


恋愛ってみんなこうなのか?


ちょっと違うのか。


僕がおかしいのか。


井戸沢がおかしいのか。


よくわからなくなってきた。


僕は那覇の夜の街を歩いていた。


初めてきた那覇。


どこに行けばいいのかわからない。


どこに行けば僕の気持ちは晴れるだろう。


また昨日みたいに全てを忘れようか。


ダメだ。


スマホはホテルに置いてきてしまっている。


なぜ、そんなことをしたかって?


井戸沢から連絡がないスマホなんて何の意味もないから。


スマホは井戸沢と連絡を取るためのもの。


井戸沢の声を聞くだけのもの。


それ以外使い方に興味がなくなってしまっていた。


だから、井戸沢と一緒にいる今日、スマホなんて必要ないのだ。


ただの機械だ。


でも今は後悔。


何も調べられない。


場所もわからない。


何がこの辺にあるのかもわからない。


僕が今、唯一わかるのは、泊まっているホテルだけ。


いっそのこと、このまますぐ沖縄を出たい。


もう沖縄から帰りたい。


井戸沢とおんなじ空気を吸いたくない。


僕がいなくても楽しいだろうし。


僕はホントにバカだ。


今までもバカだったけど、さらにバカだった。


今回は一段と。


助けて欲しい。


「Daddy Killer良太」。


出てきて欲しい。


僕が約束守らなかったから、お前までも僕を裏切ったのか。


誰か。


助けて欲しい。


誰か。


心の中で叫びながら、那覇の夜の街を徘徊した。


酔いもすっかりさめた午前0時。


コンビニに入り、時間を確かめた。


井戸沢さん怒っているだろうな。


あんな井戸沢さんも初めてみたな。


いつも優しい井戸沢さんも今日の顔は怒っていた。


何でこんなことをしてしまったのだろう。


嫌われたいのか、嫌われたくないのかどっちなんだ。


とりあえず、ホテルに戻ろう。


部屋の番号はフロントの人に教えてもらおう。


無理だったら、またこの夜の街をブラブラしよう。


僕はホテルへ戻った。

こんな時間なのに、ホテルのラウンジに井戸沢さんはいた。


僕をジッと睨んできた。


睨んだと思ったらこっちに向かってきた。


「ホントに君は困った子だ。今回みたいなことはこれで最後だ。もしあったらそれで終わりだ。わかったね?」


「ごめんなさい。」


この後、井戸沢さんに部屋に連れて帰られた。


そして、いつも以上に盛り上がってしまう。


これってなんなんだ。


喧嘩してすぐにまたこんなことして、これが愛なのか。


ただの欲望。


ただの遊び。


性欲。


井戸沢さんも僕も何を考えているのかわからない。


ただ言えるのは狂っている。


どちらかが。


つづく。




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