朝。
目覚めが良すぎる。
昨日まで沖縄に行っていたことが嘘みたいに感じる。
今から18時間前は井戸沢さんの側にいたんだ。
今日は何時間後にあなたに会えるのだろう。
胸が熱い。
恋をしている。
井戸沢さん。
ピピピーン。
井戸沢さんからのモーニングコール。
またこれが聴ける日が来るなんて。
「おはよう。起きた?」
「おはよう。井戸沢さんから電話があるちょっと前に起きた。」
「僕のこと待っていたの?じゃあ元気になってるんじゃない?」
「はあはあ。」
「ダメダメ。出さなきゃ。若いうちはたくさん出さなきゃ。」
こうして、いつものモーニング搾取が始まる。
「わっ。もういっちゃったんだね。相変わらずだね。で、またすぐ元気になっちゃうんだよね。あっ。それでね。鈴木君。今日は19時半に河原町駅に来てくれる?」
「はあはあ。わかった。ちょっとシャワー入って、仕事の準備する。」
「うん。また後でね。」
出し切ると、少し疲れる。
でも、好きな人だったら疲れていようがなんだろうと、そばにいたい。
今すぐにでも井戸沢さんに会いたいんだ。
あっ。もう8時。
会社行かなきゃ。
沖縄のお土産持って行かなきゃ。
会社用と取引先の仲の良いところにちんすこうを買ってきていた。
会社に着いた。
同僚の宮本がいた。
「鈴木。沖縄行ってたんだってな。」
「えっ。なんで知ってんの?」
「村松さんがだいぶ前からみんなに言ってたぜ。鈴木、彼女と別れたらしいから傷心旅行だって言ってたぜ。」
「そんなんじゃないのに。はい。宮本にもちんすこう。」
「え~。俺、夏になったら毎年、沖縄行っているから別にいいのに。」
「チョコ味のちんすこう。コーヒーに合うだろ?」
「で、沖縄どうだった?いい出会いとかあった?」
「僕、そんなキャラじゃないだろ。陰キャラ。陰キャラ。」
「俺は、違うと思う。おまえ、絶対女がいる気がする。それも訳ありの。」
なんか微妙に鋭い。宮本。
「そんなことより、連休明けの仕事だるいわ~。」
「おまえの担当も俺、ちょっとカバーしてたんだから、ちゃんとやれ。」
てな感じで会社でお土産を配り、傷心旅行だったことにされていた。
取引先も回った。
沖縄の話で盛り上がってよかった。
みんな沖縄のこといろいろ知っている人が多い。
いろんな観光場所を教えてくれた。
でも、僕は沖縄に興味があるわけではないんだよ。
沖縄に居たのに、井戸沢さんのことしか考えてなかったのだもの。
旅行っていうのは、一人で行く方がいいかも。
せっかく沖縄行ったのに、あんまり満喫感がない。
ホテルでそういうことばっかり、愛を確かめる行為しか記憶にない。
今度は一人で沖縄に行った方がいいな。
とかなんとかしているうちにもう夕方になった。
「あっ。もう18時だ。僕、帰ります。」
「鈴木。マジかよ。残業なし。おまえはウチみたいな小さい会社での働き方改革の先駆者だよ。」
僕は急いで会社を出て、京都行きの特急に乗った。
あれ?ちょっと会社早く出過ぎたかも。
まあいいか。
井戸沢さんも時間には早い人だし。
あれ?
胸がドキドキしている。
もうばかみたい。
少女漫画かっつーの。
ホントに恋してる。
僕と井戸沢さんの関係を小説にしたら、BL好きの女の子たちがキャーって感じなんだろうか。
ちょっと前に流行ったジジイラブってヤツになるのだろうか。
あっ。
僕はそこまで歳じゃなかった。
そんなことを考えているうちに電車は河原町に着いた。
時計は19時を指している。
あと30分か。
ちゃんとアレ持ってきたよな。
カバンの中をゴソゴソした。
ちゃんとある。
井戸沢さんが僕のキャリーケースの中に紛れ込ませた例のハンカチ。
冷静に僕はわかっているんだ。
なんで井戸沢さんが僕のカバンにハンカチを入れたのか。
当初、沖縄旅行で僕らの関係は終わりの約束だった。
口では井戸沢さんも了承していた。
もちろん延期を井戸沢さんから申し出るわけがない。
井戸沢さんは恋愛を大変熟知している。
おそらく井戸沢さんは、恋愛は追えば追うほど、逃げていくと思っている。
みんながそうじゃないかもしれないかもしれないけど、僕の場合はそうかもしれない。
知らない間に井戸沢さんを追いかける側に回っていた。
好き過ぎて、離れられなくて。
井戸沢さんもそれがわかっていたから、ハンカチ忘れ物大作戦を実行したんだろ?
これで連絡があれば、関係を継続できると。
こんな狡猾なジジイがいるとは。
本当に感心する。
あなたもそう思いませんか?
一流の恋愛詐欺師になれますよね?
もう、そんなジジイにはお仕置きです。
今日は、井戸沢の家に行ったら、全裸にして辱めに合わせてやりまくる。
激しい愛で10倍返しにしてやる。
あっ。井戸沢が来た。
「あれ?鈴木君。早過ぎない?」
「ちょっと電車の方が頑張り過ぎたみたい。迷惑?」
「いや、いいけど、鈴木君と会う前に百貨店で買い物しようと思っていたから。」
「僕も行くよ。何買うの?」
「ウチの社員に差し入れでお菓子を買って行こうと思って。」
「何それ。昨日の沖縄のお土産あるのに?」
「うん。それはそれ。これはこれ。僕みたいなダメな社長についてきてくれる社員には感謝しなきゃ行けないの。こういうことでやる気が上がるならいいじゃない。」
「そだね。裏で若い男とあんなことやこんなことしてるなんて知られたら大変だもんね。」
「もう。鈴木君。怖いこと言わないでね。とりあえず、お店行こう。」
僕と井戸沢さんは百貨店に入った。
僕は井戸沢さんに大学時代にハマっていた京都のお菓子阿闍阿闍餅をすすめた。
モチモチしていて食感がとても好きだったからだ。
井戸沢さんは素直に聞いてくれて、僕の分も少し買ってくれて、社員分も大箱で買っていた。
「井戸沢さん。ありがとう。家に帰ってからお菓子にする。」
「鈴木君は安く済んで助かるよ。」
「今からどうするの?井戸沢さんちに行くの?」
「美味しい中華のお店を知ってるんだ。行こうよ。」
井戸沢さんが昔からよく行っている中華料理屋に連れて行ってもらった。
「ここの中華。美味しくて値段もリーズナブルでオススメだよ。」
僕は食べ物なんて、どうでも良かった。
早くこのジジイを辱めたかったから。
「ここの麻婆豆腐美味しいよ。餃子もお食べ。」
「もぐもぐ。美味しいよ。でも、それより、週末、泊まりに行ってもいい?」
「ごめん。週末は忙しいんだ。」
「え~。何それ。もう、じゃあ今日泊まって帰るね。(覚悟しろよ。ジジイ。)」
「ごめん。今日もダメなんだ。」
「からかってるの?わざわざ京都まで越させて何もなく帰れってこと?そんなん我慢できるわけないやん。」
「怒らないでよ。だって、鈴木君ともう会えないと思ってたけど、また会えて嬉しかったから我慢できなかったんだよ。でも、今日は家に来てるんだ。」
「誰が?息子さん?」
「奈良の大学生。21歳の子。」
「えっ。北海道の彼でもなくて、東京の彼でもなくて、名古屋の彼でもなくて、奈良のヤツ?いつの間にそんなヤツ居た?」
「一ヶ月前くらいだよ。大阪のゲイバーに行った時に知り合ったんだよ。」
「一ヶ月前の大阪のゲイバーって、そのとき証券会社のセミナーの後の話?」
「よく覚えてるね。」
「セミナーの後、ご飯食べて、ホテル行って、駅でお別れしたよね?」
「ごめんね。駅で鈴木君を見送った後、電車に乗ったフリをして、改札を出て、ゲイバーに行ってたんだ。そこで奈良の大学生の子と知り合ったんだ。」
「もしかして、そのとき、ホテルにも。」
「鈴木君。なんでもわかるね。彼が僕にぞっこんみたいで、出会ってすぐ、ベタベタしてきて大変だったよ。ずっと元気なんだよ。鈴木君よりも元気だったよ。20代前半の子は違うね。」
「その日、僕ともホテル行ってたのに、また行ったの。」
「そんなの僕、全然大丈夫だよ。鈴木君もそういうの得意でしょ。」
「その子、いつ帰るの?その子が帰ったら、僕、井戸沢さん家に泊まる。」
「実は明日から、沖縄行くんだ。」
は?
僕の頭がおかしいのか。
耳がおかしいのか。
このジジイホントにさっきから何を言ってるんだ?
僕の脳が全然追いついてこない。
「井戸沢さん。昨日、僕ら沖縄から帰ってきたばっかりだよね?」
「沖縄行くって、彼に話したら、すごくやきもち焼いちゃって、『僕も行く!!』っ言い出したから帰ってきたら行こうねって説得したんだよ。若い子ってこういうところが大変なんだよね。でもそこがかわいいけど。」
僕と井戸沢さんが唯一恋人同士のように過ごした沖縄さえ、一瞬でこの奈良のガキに思い出ごと消されてしまうのか。
ちょっと、ホントに脳が追いつかない。
この出来事、一つ一つがだいぶ大きいショックがでかいことばかりなのに、一気に来るなんてもうよくわからない。
奈良の僕より若い彼がいること。
僕に内緒でコソコソラブホテルで会っていたこと。
今日、泊まれないこと。
沖縄の思い出も奪われること。
井戸沢さんに今日、会えるってあんなに乙女みたいにドキドキしていたのが、ホントに馬鹿みたいだ。
いや馬鹿だ。
どうしようもなく。
僕は無言で席を立って、店内を徘徊するかのようにのそりと店の外に出た。
自分の行動もわからない。
泣きたい。
泣けない。
心が困惑している。
悲しみ。
嫉妬。
怒り。
性欲の満たされ無さ。
陰の感情が心の中でうずめきあっている。
心は泣いているんだよ。
道を歩き出した。
自然と電車の改札の方へ向かっている。
本能で行動している。
ここに井戸沢さんと居てもどうもできない。
どう足掻いても今夜井戸沢さんを抱けないことがわかっているから。
沖縄旅行初日も喧嘩をした。
だけど、同じホテルに泊まっていたから本能的に井戸沢さんと同じベッドで寝れることを感じ取っていたのだろう。
今日は違う。
全くの絶望。
救いの手はない。
想像をしていなかった展開。
沖縄から帰ってきてから、僕から連絡し直した時、あんなに嬉しそうにしてくれた井戸沢さん。
あれを本当の愛だと勘違いしてしまった。
だから、こんな展開、想像すらしていなかった。
激しい愛をもらえると思っていたから。
前と違って、当然、追いかけてもこない井戸沢さん。
家に帰れば、彼がいる。
僕より若くて、元気らしいガキが。
早く帰ろう。
今、思うことは早く汚すこと。
それだけが唯一の発散方法。
僕は大阪のアパートに帰宅した。
帰宅早々、井戸沢のハンカチを取り出し、僕の白濁の液で汚した。
一発目、二発目。
元の茶色のハンカチの原型の色がわからなくなるまで、発射し続けてやる。
井戸沢さん。
耐えられないです。
愛してください。
僕は一晩中、井戸沢さんのハンカチを汚し続けた。
つづく。