ふと目が覚めた。
時計をみると、8時半だった。
昨日のことを考えると、僕の気持ちは少し沈んでいた。
井戸沢さんも目覚めた。
「えっ。今、何時?」
「8時半だけど。もう出かけるの?」
「そうだよ。今日水族館行くって言ったよね。バスが9時半から出るから急いで用意しよう。」
「水族館ってこの近くじゃないの?」
「もう、君ってホント何も知らなんだね。そんなんじゃ人から笑われるよ。」
だって行ったことないんだから知るわけないじゃん。
僕と井戸沢さんは朝方まであんなことしときながら、もう何事もなかったかのように着替えたり、髭を剃ったり準備をし始めた。
15分前には水族館行きのバス停にやってきた。
でもよくよく考えたら変だろう。
おじさんと20代の若者って。
周りからみたらどう思われるだろう。
親子?
親子だったとしてもお父さんと息子が水族館二人で行く?
もし、僕の本当の父親と二人で行くとしたら想像できない。
何を話したらいいかわからないし、何も盛り上がらないと思う。
井戸沢さんと僕は昨日、親子に間違えられたけど、水族館に親子で行くお父さんといい年した息子って一体どうなんだろう。
周りの目が気になるな。
美ららら水族館行きのバスが来た。
僕はどんな人たちが乗るか観察した。
僕たち以外は、家族連れ、友達同士、年配の方々の団体さん、お母さん世代くらいの主婦友みたいな方たちもいた。
でもみんな沖縄以外から来てる人だってことはわかった。
僕と井戸沢さんは後ろの席に座った。
僕は後ろの席だから周りの人に見えないなって一瞬、いけないことを考えてしまった。
井戸沢さんの顔を覗き込むと、どことなく不機嫌そう。
昨日のせいだろうな。
バスが出発しても、井戸沢さんは全然話しかけてくれない。
どうせ僕らはこの旅行が終わったら終わるんだから旅行中くらい表面上、仲良くしましょうよ、お互い大人なんだからって心の中で僕はつぶやいた。
ただ、僕の足と井戸沢さんの足が隣どうしだからどうしても少し当たってしまう。
そのたびに僕の心が見透かされているか、ドキドキしてしまった。
井戸沢さん。
楽しくないのかな。
いや。
この井戸沢さんが何か考えている表情は、また別の彼氏のことを考えているのだろう。
さしずめ、
「鈴木君といるから、北海道の友達、東京の友達、沖縄の友達と連絡取れないよ~。あ~僕を一人にしてくれ~。」
って感じか。
あ~。相変わらず、ムカつくジジイだ。
ああ、でも怒るな怒るな。
昨日の今日で怒ってはさすがにガキすぎる。
それにしても、さすが沖縄は違う。
日本なのに、外国みたいな雰囲気を感じる。
外国行ったことないけど、観光地って感じ。
海も綺麗だし、みんなが浮かれる気分もわかる気がする。
井戸沢さんと本当の恋人同士で来ていたら、もっと楽しいんだろうな。
何時間かバスに揺られて、水族館に着いた。
そういえば、水族館のデートとか行ったことなかった。
どうなんだろう。
僕と井戸沢さんは水族館内にある食堂に行った。
井戸沢さんはあんまり僕の方をみない。
上の空って感じ。
もう放っておこう。
僕だけ、水族館を楽しむのだ。
っと言いつつも、結局井戸沢さんが案内する。
ここの魚がどうのこうの。
ここに大きいのがいる。
あの魚キレイだ。
そうだったな。
このおじさん。
おそらく、何回も何十回もこの水族館来ているんだな。
若い男たちと。
旅行会社の添乗員っかっていうくらい喋りすぎ。
案内もうますぎ。
そっか。
このおじさんがむすっとしていたのは、過去のいろんな若い男たちのことを考えていたのかもしれない。
あの子のこと。
この子のこと。
いろんな子とこの水族館に来たなって、思い出す感じかな。
たぶん、いつも井戸沢さんの男遊びが酷すぎて、一途な男の子たちは傷つき、井戸沢さんから離れていくって感じなんだろうな。
それを井戸沢さんは少し寂しがっている。
自業自得だっつーの。
僕も早く離れたいっつーの。
そりゃあんたのこと好きだけど、僕も傷ついてんだよ。
今日が二日目。
明日が三日目。
えっ。
もう明後日でこの旅行終わり?
時間が経つのが早すぎる。
僕、焦ってる?
喜ぶべきことなのに。
旅行が終わったら、今度こそ今度こそ井戸沢さんとさよならする約束じゃんか。
井戸沢さんにもそれ伝えてるし。
井戸沢さんがムスッとしているのはそれもあるかもよ。
僕と井戸沢さんは水族館を堪能して、またバスに乗った。
「井戸沢さん。僕、早くホテルに帰りたい。」
「国際通り一緒に行かないの?」
「ホテルで休みたい。」
「え~。観光しようよ。」
僕はホテルで1秒でも長く、井戸沢さんとそういうことがしたいと思ってしまった。
だから、早く二人っきりになりたい。
我慢できない。
バスで隣に井戸沢さんがいるだけですごく元気なのに。
井戸沢さんも僕がそういうことしたいのを気づいてるはずなのに、のってこない。
それもまた腹が立つ。
性欲ジジイのくせに。
那覇に戻ってきた。
僕はホテルに帰る気満々だったが、井戸沢さんが夕食食べようというので、那覇で探すことに。
もう食べるものなんてなんでもイイ。
あんたを食いたいんだ。
今すぐ!!
国際通りを二人で歩き、沖縄料理が多そうな居酒屋を見つけたので二人で入った。
まだ18時過ぎだったので、お客さんも多くない。
僕は静かな方が落ち着く。
僕と井戸沢さんは席についた。
僕が飲み物のメニューを見ていると、井戸沢さんが、
「ビールはダメだよ。」
「えっ。別にいいけど、何で?」
「だって昨日、びっくりしたんだもん。あんなに酒癖悪かったんだね。もうお酒は飲んじゃダメ。」
あっ。そうか。井戸沢さん。僕が酒癖悪いから、昨日あんなことになったと思ってるんだ。気付いてないんだ。
「うん。別にいいよ。じゃあ、僕は烏龍茶。井戸沢さんは何飲むの?」
「僕はアルコール苦手だけど、1杯目だけビールにするよ。お店の人悪いから。」
僕は烏龍茶、井戸沢さんはビールで乾杯することになった。
「乾杯。ゴクゴク。明日が終わったらもう旅行終わりだね。でも井戸沢さん、旅行中に仕事するって言ってなかったっけ?」
「ホントは取引先と接待しようと今日か明日に計画してたけど、君とこんな状態になるとは思ってなかったから、そんな気になれないよ。」
「迷惑かけてごめんなさい。でもあと二日で終わりですもんね。」
「…。」
夜ご飯も食べたし、あとはホテルに戻るだけ。
早く早くホテルに帰りたい。
たくさんたくさん。
毎日しているのに、絶対変だ。
こんなに楽しいなんて。
僕と井戸沢さんは今晩も一晩中、ベットで遊んだ。
一回目、二回目が終わり、少し寝る。
起きたら、また再開。
井戸沢さんが寝ていようが、関係ない。
寝ていれば、おもちゃになるだけだ。
それでもいい。
体の相性だけがいい、この性欲の権化ジジイの体の隅々を僕の体に刻み込んでおく。
寝ている時間さえもったいない。
朝になっても昼になっても僕は井戸沢さんから離れない。
井戸沢さんからストップが出た。
「もう13時だよ。そろそろ起きようよ。」
「いや。今日は一日中、ホテルにいる。」
「ホント困った子だな。でもこんなこと初めてだよ。」
「何が?いつもこういうことばっかり全国の若い子たちとしてるのに。」
「全国?違うよ。台湾でもいい子いるよ。ああ、また怒るよね。鈴木君。そうじゃなくて、こんなに僕にべったりしてくる子も珍しいよ。」
「だって好きなんだもん。離れたくないもん。」
「嬉しいんだけど、今もずっと僕から離れないし。」
ソファーに座っている井戸沢さんの膝の上に僕は座っている。
「鈴木君。ちょっとだけ、お願い。今日はお風呂別々に入ろう。昼から出かけるから、鈴木君お風呂入っておいで。」
このジジイの考えていることなんてお見通しなのに、ちょっと寂しい。
僕がお風呂に入っている間に、どっかの若い子たちと電話するんだろう。
僕はため息をついた。
「わかった。一人でお風呂に入ってくる。」
いやだな。
僕と離れられて井戸沢さん生き生きしているんだろうな。
僕がお風呂から上がったら井戸沢さん何してると思う?
僕は100パーセント電話してると思う。
100万円賭けてもいい。
って誰にあげるんだ。
僕はお風呂から上がった。
「そうなんだ。今、友達と沖縄に来ててね、連絡できなくてごめんね。明後日京都に帰るからね。」
ほらね。
この単細胞のジジイの考えていることなんて手に取るようにわかる。
性欲のゴミ屑が。
アソコを誰か若い子に切り取られればいいのに。
「お風呂上がったよ。井戸沢さんも入るの?」
「あっ。鈴木君。もう上がったんだね。もっと電話したかったのに。」
そう言って、井戸沢さんはお風呂に入って行った。
わざと言っているのか、天然かわからないけど、ホントに人を腹立たせるのが上手だ。
このジジイは。
昼から何するのかな。
歩くのめんどくさいから、別に観光なんてしなくていいんだけど僕は。
井戸沢さんがお風呂から上がってきた。
「昼からどこ行くの?」
「何も決めてないよ。那覇をブラブラ歩こうよ。昨日もあんまり国際通り歩いてないでしょ。」
「いいけど。」
とりあえず、あんまり沖縄の歴史とかわからないけど、那覇で有名な首里城に行くことにした。
モノレールで首里城の近くまで行った。
首里城がある公園は広くて、散歩にはちょうどよかった。
それにしても、散歩中の井戸沢さんのセクハラがいちいちムカつく。
散歩でゆらゆら動いてる手を周りの人が見ていない隙を狙って、わざわざ当ててくるのだ。
僕の下半身の大事なところを。
前と後ろを。
それをされて、井戸沢さんの顔を覗き込むと、最高のドヤ顔であり、最高のニヤけた表情をしている。
僕は井戸沢さんの心情を分析してみた。
鈴木君は僕の所有物。
僕に惚れまくっている鈴木君には何をしても許される。
体はおもちゃ。
他の若い子にちょっかい出しても何もできない。
公共の場でこんなことしたって大丈夫。
むしろ喜んでいるだろ?
また元気になってる。
体は正直だね。
って感じか。
でもね、井戸沢さん。
違うんだよ。僕は。
所有物みたいに扱われるのが、僕はイヤなんだ。
僕は誰にも支配されたくない。
自分のことは自分で決めたい。
体は反応するかもしれないけど、それが全てじゃないんだよ。
言いたいけど、言えない。
僕の中の「Daddy Killer良太」にも気づいているように思えない。
井戸沢さん。
危険だ。
このままじゃ。
首里城を見た後、またモノレールに乗って、国際通りにやってきた。
ちょっと歩いて暑くなったので、ショッピングモールに入り、喫茶店で冷たい飲み物を飲んだ。
喫茶店を出ると、そのままショッピングモールでウインドウショッピングをすることにした。
僕も井戸沢さんもあまり物欲がないみたいで、欲しいものはなかった。
お土産をここで買うと高いから、別のところで買おうよと井戸沢さんに教えてもらったのでそうすることに。
僕はもうショッピングモールですることがなくなったので、出ようと井戸沢さんに言った。
井戸沢さんは近くに展望台があるから、ちょっと行ってみようと僕を誘った。
僕は飛行機に乗るのも怖いから高いところ苦手なんだけどなって思いながら、展望台の最上階に行った。
那覇の街が、上から覗けてとてもキレイだった。
夕方だったので、より一層良い景色だった。
ベンチがあったので、井戸沢さんが座ろうと提案してきた。
一緒に座ったら座ったで、黙ったまんまの井戸沢さん。
昼間、僕とは違う別の若い子と電話で話しているときはあんなに楽しそうにしてたくせに。
こういう無言の時間って僕は苦手だ。
「もうホテルに帰ろうよ。」
「ねぇ。鈴木君。前から思ってたんだけど、鈴木君って昔の話、あんまりしないよね。学生時代の話とか。普通、他の若い子たちは学生時代の話よくしたりするんだよ。鈴木君の昔が全然想像つかないよ。前は兄弟の話とかしたことあったけど、最近は全くしないもんね。何かあったの?」
予想外の問いかけ。
僕をおもちゃのように思っていたジジイがまさかの僕への内面への問いかけ。
どうしよう。
考えてなかった。
「そうだったっけ。お父さんの話とか、兄弟の話とかしたと思ってたけど。昔は普通の学生だよ。特に目立たない。何の取り柄もないただの学生だったよ。女の子にもモテなかったし。よく集まる男同士のグループがあって、そのグループに金魚フンのようについていったかな。うちの兄弟の次男とは縁を切った。僕には必要のない存在だと思ったから。」
「ちょっと待って、縁を切るとかそんな軽々しく言っちゃダメだよ。次男のお兄さんって写真見せてもらったイケメンのお兄さんだよね。だからなんだね。最近、話にも出なかったからおかしいと思ったんだ。」
「僕は気にしてないよ。僕は自分のやりたいことは自分で決めたいとホントに思ったんだ。それは井戸沢さんに出会ったおかげだと思ってる。井戸沢さんに会ったから、僕は昔の自分から脱した気がするんだ。周りに流されたりしない。自分のことは自分で決める。井戸沢さんとこういう関係を続けたのも僕が決めたこと。誰のせいでもないよ。」
「そんなこと言ってくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと兄弟仲が悪いのは見逃せないな。」
「何で?僕より僕の兄の方がカッコいいからか!!」
「ちょっと怒らないでよ。違うんだよ。僕にも弟がいるんだ。僕も三人兄弟でね、僕が長男、次男、長女なんだけど、次男とは連絡取ってないんだ。」
「喧嘩したの?」
「わからないんだ。今から20年ほど前かな。急に僕とは口を聞いてくれなくなったんだ。小さい頃は、仲がよかったんだよ。次男は僕とは違って勉強ができて、よくできた弟だったんだ。」
「井戸沢さんも勉強できなかったの?僕と一緒だ。」
「次男はいい大学に行って、社会的地位のあるお仕事もしてとても立派な弟なんだよね。僕と違って。」
「井戸沢さんも社長なのに?よくわかんないな。僕には。」
「鈴木君らしいね。」
「じゃあ僕からも質問。井戸沢さんはこれからどうなるの?」
「なに、その質問。どうなるって?」
「だって、井戸沢さんって変わった暮らし方してるから気になってたんだもん。奥さんと別々に暮らしてるじゃん。でも普通の夫婦って老後は一緒に暮らすんじゃないの?」
「老後って僕はまだ58歳だよ。ってもうすぐ還暦だもんね。若い子たちからしたらそう思っちゃうかな。妻と暮らすか。まだ考えてないな。」
「奥さんと暮らしちゃったら男遊びできなくなっちゃうもんね。」
「ちょっと前までは家族で京都住んでたんだよ。そんときもちゃんとやることはやってたよ。」
「老人ホームっていうの?老人が入るやつ。ああいうとこ入るの?」
「若い子たちに囲まれた施設に入りたいな。イケメンばっかりに囲まれた。」
「じゃあそれが井戸沢さんの将来の夢だね。僕はそれが聞きたかったんだ。」
「そんな先のことなんて、わからないよ。もしかしたら、僕と妻は離婚する可能性だってあるよ。」
「えっ。社会性や体裁を気にする井戸沢さんらしくない発言。」
「それどういうこと。10年後、この子だったらいいって子が見つかるかもしれないでしょ。僕だっていつまでもたくさんの子と遊んでいるわけにもいかないでしょ。」
「ちょっと信じがたいけど。」
「その子が鈴木君だっておかしくないと思うけど。」
嘘に決まっているのに、何でこんなことを平然と言えてしまうんだ。
僕は少し意地悪で将来の話をしたつもりが、こんな気持ちにさせられるなんて。
僕の胸は熱く高揚し、次の言葉が出なかった。
井戸沢さんは僕の気持ちに察したのか、それ以上なにも言ってこなかった。
それどころか、ベンチで座っている僕の手に上着をかぶせてきた。
周りから見えないようにするためだ。
ベンチで二人が手を繋いでいるところを。
客観的にみたら変だ。
でもそんなことより、僕に幸福感があふれている。
世の中にこんな気持ちのいいことがあるなんて。
よく恋愛している人たちが言うことだけど。
本当に時間が止まって欲しいと思ってしまった。
つづく。